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広島地方裁判所 昭和39年(行ウ)16号 判決 1967年2月08日

原告 朴煕敬

被告 国 外二名

訴訟代理人 村重慶一 外五名

主文

原告の被告広島市に対する所有権移転登記の抹消登記請求に関する部分は却下する。

原告のその余の請求はすべて棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告の主張によれば、原告が抹消登記を求める広島法務局昭和三九年二月一日受付第二九四二号の所有権移転登記は、取得者を訴外徐万石としてなされたものであるから、右抹消登記請求をなすべき相手方は徐万石であつて、被告広島市には被告となるべき当事者適格はないものというべく、右請求は不適法たるを免がれない。

二、続いてその余の差押登記参加差押登記の抹消登記請求について判断する。

請求原因第一項については当事者間に争いはない。

原告は、前記徐万石に対する所有権移転登記は、その登記の当時既に本件土地の所有権が徐万石から原告へ売渡されていたから、無権利者に対する登記であつて無効であると主張するが、徐万石が本件土地の所有者であつたことは右主張自体から明らかであるから、右登記がかりに徐万石より原告に所有権譲渡後になされたものであるとしても、これを無権利者の登記であるとして無効視することは許されない。そして、この理は右登記が徐万石自身によつてなされたか、或いは代位によつてなされたかによつて差異の生じうべき理由はなく、また原告主張の如く原告の前主である訴外橋岡誠一、徐万石原告三者間に中間省略登記の合意が存したとしても同様である。(後記註参照)

そうすると、原告に対する移転登記のなされない間に右代位登記にもとづき徐万石に対する租税滞納処分としてなされた被告等の差押ないし参加差押登記ももとより無効とはいえず、これによつて原告が権利を侵害されたとしても、それは物権変動に関する対抗要件の理論の導くところ、所有権取得登記を怠つた原告の甘受すべき当然の結果であり、何等公平の原則に反するところはない。

原告の被告広島市に対する差押登記、同国、同広島県に対する各参加差押登記の各抹消登記の請求は理由がない。

三、以上の通りであるから、原告の本訴請求中、被告広島市に対する所有権移転登記の抹消登記を求める部分についてはこれを却下し、その余の部分はいずれもこれを棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(註)

最高裁判所昭和三三年(オ)第四一六号同三八年三月二八日第一小法廷判決は、登記簿上の所有名義は甲であるが実質上の所有権は当初から乙にある不動産が乙より丙に譲渡された後、丙への譲渡を知らない乙の債権者丁が代位により乙名義に移転登記した上仮差押登記をした事案について、右代位登記等のなされた当時既に右不動産の実質上の所有権が丙に移転されていたとしても、その旨の登記のなされていなかつた以上丙は右所有権取得を丁に対抗できないとし、かつ特段の事情のない限り当時乙の甲に対する所有権移転請求権は消滅していなかつたと解すべきであるから、丁のした代位登記及び仮差押登記は有効であると判示したが、同時に右事案において右特段の事情の存しない旨を説示するにあたり、特に甲乙丙間に中間省略登記の合意が認められなかつたことに言及している。

しかし、右判旨が右中間省略登記の合意の存在することのみで判示特段の事情に該当するものとして、かような場合丁のなした代位登記等を無効とする趣旨であると解すべきではあるまい。

おもうに、甲、乙、丙と転々譲渡された不動産について、乙の甲に対する移転登記請求権は乙の丙に対する移転登記義務履行の前提として認められるものであるとし、したがつて右三者間で中間省略登記の合意がなされたときは、丙は直接甲に対し移転登記を求める権利を有し甲は直接丙に対し右登記をなすべき義務を負うにいたる関係上、右三者の間においては乙の甲に対する登記請求権はもはや消滅したものと解することはあながち不当とはいえないが、右合意が甲乙丙以外の第三者に対する関係においても効力を有し乙の登記請求権の絶対的消滅を来すものであるとは到底解しがたい。もしこれを肯定するとすれば、右設例において、例えば乙が更に丁に対し右不動産を譲渡し、乙の丙と丁に対する二重譲渡が成立した場合、乙は丁に対する移転登記義務履行のためにも甲に対し自己に移転登記を求めることはできず、丁もまた代位行使すべき乙の登記請求権がない以上代位により甲から乙への移転登記を実現することはできないから、丁が取得登記を具備することは殆んど期待できないものといわざるをえないのである。かような結果、即ち二重譲渡における譲受人の一方が自己と無関係になされ、かつ公示されてもいない中間省略登記の合意の存在により、対抗関係において決定的に不利な立場に立つという結果の容認しえないことは明らかであろう。甲乙丙間の中間省略登記の合意は、たんに甲から乙、乙から丙への経路でなされた物権変動につき、右経路に即してなされるべき移転登記にかえて甲から丙へ直接に移転登記すべき効力を有するにとどまり、これと経路を異にする物権変動に関する登記についてまで拘束する力を有するものではない。したがつて、右設例の場合において、乙は右合意にかかわらず、丁に対する移転登記義務を履行するために甲に対し自己へ移転登記を求めることは可能であり、乙がこれを怠るときには丁において乙に代位してこれを求めることもまた可能であるといわねばならない。そして、譲受人である丁において代位による登記ができるとすれば、丁を目的不動産を差押えんとする乙の一般債権者に置き換えた場合でも同様代位登記が可能であると解すべきであり、中間省略登記の合意の効力に関する限り、理論上これを別異に扱うべき何等の根拠もない。

(裁判官 胡田勲 永松昭次郎 笹本淳子)

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